きのう早くから出かけていたせいで、今朝は少し疲れ気味で目が覚めた。今日は日課にしている浅草寺の参拝をやめようかという考えが頭をよぎった。
だが、すぐに思いなおす。今日は3月10日ではないか。東京大空襲の重苦しい記念日である。アメリカによる原子爆弾投下と並ぶ、非戦闘民の大量虐殺の日だったことは、日本人として記憶しておくことは意味あることだと思う。
私が浅草寺参りを始めたのは、日々の運動にちょうど良い距離にあること、身内や近しい人たちの死を悼むこと、そして東京をはじめとるす戦争災害などで死んでいった無抵抗の人たちの死を悼むことだ。
疲れているなどと言っておられん、と服を着替えて外へ出た。春の嵐が過ぎたあとの朝、季節はずれの暖かな町をへたへた歩いて浅草寺へ向かった。
亡くなれた方々の苦しみ、悲しみ、悔しさ、無念さを想い、悼み、お悔やみを申し上げ、少しでも安らかな魂のお眠りをお祈り申し上げます。

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